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● ‘16 アブルッツォ&モリーゼの旅 −29−
Abruzzo & molise -29-
2017/04/26
‐ラクイラ その5‐。
『 旧市街地散策 』

前回はこちら
今回は、町を代表する
2つの教会をご案内。


一つ目が、バジリカ・ディ・サン・ベルナルディーノ。
スペイン城塞近く、
ヴィットリオ・エマヌエーレ通りから、
サン・ベルナルディーノ通りへ。
アートなのか?と思わせるほどの、
黒い足場で覆われた建物の横に、
青空と共に威風堂々と、
真四角なファサードがお目見えしました。


厳かな教会内。
クーポラから明かりが差し込んだ祭壇前に惹かれ、
近付くと、
花を生ける男性2人。

ファサードは無事だったものの、
フレスコ画を始め、
細部に渡り傷跡が見えました。


ここの美しさは、教会だけではありません。教会から町を見下ろす、
この眺め。
緩やかな階段を下り、
振り返れば、

‘ラクイラ一の美しさ’に出会えます。
聖ベルナルディーノはシエナ生まれの聖人。
なのに、ここラクイラに祀られているのは、
1444年、ナポリに説教に向かう途中、
立ち寄ったラクイラで亡くなったことから。
彼を慕うラクイラの人々が、
見晴らしのいいこの場所に祀ることを決めたというお話です。





そして、もう一つの教会が、
サンタ・マリア・ディ・コッレマッジョ教会。

白とピンクの幾何学模様が特徴的な、
四角いファサードが目を惹きます。
法王チェレスティーノ5世が眠る、
アブルッツォ州で最も有名な教会と
言われています。
ここは、町のはずれ。
町の中心から足を運ぶには、
ちょっと淋しさを感じる、
1本の道を歩きます。

小さめの看板がご案内。そして教会もひっそりと、
芝生の小さな広場の奥。

芝生内は子供たちの遊び場。
私達にとっては、
観光地の一つの見どころも、
地元の人にとっては、
寝そべったり、語らったり、
走ったり、サッカーしたりと、
生活に溶け込んだ遊び場です。



素晴らしいラクイラの町を
お邪魔させていただきました。


また行きたい。




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Abruzzo & molise -28-
2017/04/24
‐ラクイラ その4‐。
『 旧市街地散策 』

前回はこちら
教会巡りは、ここからスタート。

町の中心の大きな通りに面し、
ちょうど町の中心にあるのが、ピアッツァ・ドゥオーモ。
ドゥオーモ広場。
南からコルソ・フェデリコと
呼ばれる通りも、ここから、
コルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ兇箸いδ未蠅法

地震前は、毎日、
市場が開かれていたという広場。
今は、赤い柵に囲まれて修復中です。。。

この広場に面して、正面に建つのがカテドラーレ、
サン・マッシモ大聖堂です。
ネオ・クラシック様式の
歴史をあまり感じないファサードは、
大昔の地震で、建て替えられたから。


もう一角には、サンタ・マリア・デル・スッフラッジョ教会。
元の美しい姿に戻るのを、
心より祈ってます。

ドゥオーモの裏、細い路地裏で、
目を引いたのが、サン・ジュゼッペ教会。
真新しい美しさを持つファサード。
そして、室内も整然とした美しさでした。

ラクイラは、イタリアの中でも、
特に教会が多い気がしました。
古い地図に載ってても、
現在の地図には書かれてないのもあったけど、
兎に角、歩いていれば、
あちこちで教会に出会います。


ここは、サンタ・マルゲリータ教会。

そして、メイン通りを渡ってホテル近くには、
サン・ジュースタ教会も。


私達が訪れたのは、2016年6月。
地震直後の画像を見つけると、
復旧は確実に進んでいることがわかります。
ほらっ、新築のマンションも。



では、次回も素晴らしい教会をご紹介します。




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Abruzzo & molise -27-
2017/04/21
‐ラクイラ その3‐。
『 旧市街地散策 』

前回はこちら
“鷲”という意味を持つ、
ラクイラが誕生したのは13世紀。
町の生みの親、皇帝フェデリコ2世の家紋が、
町のシンボルマークになりました。
14世紀には、イタリア南部で
ナポリに次いで第2の都市になり、
この時代からすでに、サフランや羊毛、
絹、革などの商業で栄えていた、
というラクイラです。


さて、最初は、
町の中心からはかなり西。
この町のもう一つのシンボル、
“99”にまつわる場所へ。
ここは高台の麓。
町の中心からは、かなり下ったところ。
このリヴェラ門の横にある、

Fontana delle 99 cannelle
「 99の噴水 」です。

この町ができた時、
99の村とその同じ数の連合軍が
作られたそうです。
そして、フェデリコ2世は、
その99の村ごとに、
それぞれの守護聖人を祀った教会や、
広場、噴水を造ることを命じたとか。
それも、度重なる地震で、
多くの教会と広場が無くなって
しまいましたが、
この99の噴水だけが残り、
その歴史を物語る観光名所の一つと
なっています。


その噴水というのは、
動物の顔した蛇口が99個並んでいる、
コの字型の給水場。
白とピンクの石壁で囲まれた噴水は、
どこから水が引かれたかは不明らしいですが、
昔は市民の貴重な水の供給場だったそうです。



ガイドブックにも書かれていますが、
実際にはこの蛇口は99もありません。

町の中心から少し離れているので、
行き帰りは、坂の往復。
ちょっと大変ですが、
町の様子がうかがえるので、
ぜひ、歩いて訪れることを
お勧めします!


アッローラ(さて)、お次は、
町の北東へ。


町のメイン通り、
コルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレを
抜けたら右。


大きなカステッロ公園の
奥にある、

Forte Spagnolo
スペイン城砦です。

深い堀に囲まれた、
16世紀に建てられた四角いお城。
この時は、工事中で無理だったけど、
橋を渡って、城門を入れば、中は、
素晴らしい作品が収められている、
国立アブルッツォ博物館です。
そして、グラン・サッソの素晴らしい眺めを
見ることができるのだとか。

ここカステッロ広場は、
地元の人にとっても憩いの場。
城塞の周りでは、
犬の散歩やジョギングしている人がたくさん。

そして、公園の中の、この建物。
地震から3年後に、
イタリア北東トレント州から寄付されたという、
しかも、レンツォ・ピアーノさんが設計したという、
市民ホールがありました。
建物のカラフルな色は、
全て楽器に使われる木材。
ホールそのものが楽器の役割を果たし、
素晴らしいサウンドボードとなっているということで、
この日も含め、金土日で、
いろんなイベントが行われていました。

こんな集まりも。



そして夜は、屋外ライブ。

音楽に合わせながら、
人形を被った人が踊り続け、

花火も吹き出し、
大盛り上がりの町の人達でした。


私達が滞在していたのはちょうど週末。
夜はあっちこちでイベントが模様されていて、
家族が一緒に楽しんでる風景ばかり。

みんなパワーがあって、
町が活気ついていました!


では次回も、
旧市街地の観光案内が続きます。
お楽しみに!




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Abruzzo & molise -26-
2017/04/16
‐ラクイラ その2‐。
『 地震の爪痕 』

前回はこちら
ラクイラ市。
その旧市街地は城壁に囲まれた、
標高714mの丘の上。駅からホテルまで、
タクシーを使います。

それが、駅の前は、
ここが州都?と疑うほどの殺風景さ。
タクシー乗り場もありません。
周りを見渡せば、工事現場だらけ。
とりあえず、タクシーは、
駅の一角にあったブティックのマダムが
親切にも呼んでくれたので、
時間も待たずに乗ることができました。

そんな駅を出発し、修復中の城壁を眺めながら、
チェントロ・ストリコへ。
そして、ここが滞在先の、ジャルディーニ通りの
ホテル・サン・ミケーレ。
思った以上に、好都合の場所だったので、
ラクイラに来る時は、ぜひどうぞ。

さて、町の観光名所を案内する前に、
“ラクイラ地震”について。
前日に訪れたスルモーナを含め、
ラクイラ付近を襲った地震。
もちろん、隣のラツィオ州やモリーゼ州も、
被害を受けました。
それは、2009年のこと。
1月から始まっていたというこの地震は、
4月6日にマグニチュード6,3の本震が起き、
ここラクイラは、
酷い被害を受けてしまったのです。


この時訪れたのは、その7年後。
今から1年前の話ですが、
ホテルの横の建物や、

メイン通りから1本入った裏通り、
補強だけされてる状態。
閉鎖されたままの道。
などなど、全く手づかずのところが
あっちこっちいっぱいだったのでした。



改めて日本の凄さを感じるところですが、
イタリアは、石造りの町、
ましてや丘の上ということで、
それはそれは大変だということです。

兎に角、
この辺りは地震の多い地域。
それでも、1703年の大地震でも復興し、
素晴らしい町になり、歴史を歩んできました。
だから、再び、
美しい町並みに戻れることを期待しています。

重ねて、去年震災を受けたアマトリーチェ村も、
時間をかけて、ラクイラのように、
再建されることを祈っています。


そんな中、少しずつ修復が始まっているのは、
町の大事な教会たち。
次回は、あちこちの見どころを
お届けいたします。

あれから、1年。
これから訪れる方に、
ここのブログの写真とどう変わったかを
見届けて欲しいと思う今日この頃です。




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● ‘16 アブルッツォ&モリーゼの旅 −25−
Abruzzo & molise -25-
2017/04/10
‐ラクイラ その1‐。

去年6月に旅した、
“アブルッツォ州”と“モリーゼ州”。
旅日記も最後の町、
アブルッツォ州は‘ラクイラ’のご紹介です。


昔は、Aquira アクイラ
だったのが、
イタリアの定冠詞‘La’(英語のTHE)
がついて、
L’Aquila ラクイラと、
呼ばれるようになったラクイラ県。

その県都であり、州都でもある、
ラクイラ市を最後に訪れてきました。

ペスカーラから、
スルモーナで乗り換えて、
シレンテ・ヴェリーノ国立公園を駆け抜け、
3時間弱の電車の旅。

ラクイラに近付くと、
牧草地が広がり、

その先には、イタリア最大級の自然公園、
‘グラン・サッソとラーガ山の国立公園’を、
望むことができます。


さて、ラクイラの町に入ると、
今度は違う風景が。電車の中から、
地震の爪痕があちこちに
見えてくるのでした。


2009年に震災を受けたラクイラ周辺。
7年経っても、
思った以上に復興が進んでなく、
私達もびっくりした思い出が。
そんな町の現状もしっかり目に焼き付けながら、
町の人達との交流を楽しんだ、
旅をしてまいりました。
次回は、
旧市街地の素晴らしい観光名所を
お伝えします。

ぜひ、見てください!




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● ‘16 アブルッツォ&モリーゼの旅 −24−
Abruzzo & molise -24-
2017/04/01
‐スルモーナ その4‐。

トンバ教会の前の広場。

その一角の建物の一階にある、
リストランテ ジーノ。
RISTORANTE GINO
をご紹介。
前回はこちら


地元産の食材にこだわり、
アブルッツォの伝統料理を作り続ける、
1962年創業のレストラン。
厨房を仕切るマンマのルチアさんと、
サービスをする2人の息子さんたちの、
家族経営で、昼のみの営業です。


小さな入口からは想像のつかない、
広々とした清楚なお部屋。
ここで、
ジーノ名物料理をいただいてきました。

まずは、カッラーティ。
この地方特有の、
水と小麦粉だけで作る、
まるでうどんのようにコシのある
スルモーナ近郊の名物パスタ。

キタッラと同じように、
‘キタッラ’で作るパスタは、
断面が四角いショートタイプ。
これに合わせた、
アブルッツォ自慢の野菜が濃くて、
力強い味わいでした。


こちらはメイン料理として。
生ハムとスカモルツァチーズの炭焼き。
もちろん、チーズは地元スルモーナ産。



仔羊のカッセルオーラ(キャセロール)。
鍋の煮込み料理。
人気メニューの中でも、
ジーノご自慢の逸品料理です。


それと一緒に、コントルノ(付け合わせ)は、
野菜のパン粉焼き。
こちらも、
ジーノが紹介されている誌面で、
必ず紹介されている一品、
Zolle ゾッレ。
ちょっと変わった名前ですが、
ニンニクの芽の酢漬けです。

使われているのは、
スルモーナ名産赤ニンニクの芽。
この町独自に伝わる名物品です。



そして、食事のお伴は、ペコリーノの白ワイン。
こんな可愛いエチケットでした。

もちろんドルチェも。ジェンツィアーナ風味のタルトと、
他2種類。




さて、
こちらジーノさんは、
ミシュランやガンベロ・ロッソなどの
有名グルメガイドでも掲載されている
有名店なのですが、
全く気取り感が無く、
お店は柔らかい雰囲気に包まれています。


私達が日本人と確認した息子さんが、
こんな雑誌の切り抜きを見せてくれました。
2005年掲載のゴクタビという雑誌。 

そして、この“イタリア好き”
2012年のアブルッツォ特集です。
(実は、私達、この特集を持っていなかったので、
 逆にイタリアで見ることができ、
 楽しませてもらいました…。)


日本に親近感を持っていただけていて、
私達も本当に、
心地よいひと時を送ることができました。
Grazie mille!


皆さんも、ぜひスルモーナへ行ってみませんか!!!

では、次回もお楽しみに。




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● ‘16 アブルッツォ&モリーゼの旅 −23−
Abruzzo & molise -23-
2017/03/27
‐スルモーナ その3‐。

今日は、スルモーナ旧市街地をご案内。
前回はこちら
観光案内所で教えてくれた見どころ。
引いてくれたピンクの線は、
街の中央のオヴィディオ通り。
ここを歩けば、
ほぼスルモーナを感じれます。
駅からタクシーでこの歴史地区に向かうと、

まず目に入ってきたのが、
この建物。
これは後ろ姿で、
正面がこちら。ロマネスク=ゴシック様式の、
カテドラーレです。
1294年、
半年で法王退位宣言をしたという、
聖チェレスティーノ5世が
地下に葬られています。

ちょうど、北に位置するこの大聖堂から、
街は南へと続きます。
大聖堂を出たら、木に囲まれた細長い公園を通り、
トレスカ広場に。
ここから、オヴィディオ通りが始まります。
OVIDIO オヴィディオは、
紀元前43年生まれの古代ローマの大詩人、
オヴィディウスのイタリア語名。
ここは彼の生誕地なのです。

「 スルモ我が祖国なり 」
-Sulmo mihi patria est-

スルモーナの紋章は、
このオヴィディオが言った言葉の
頭文字をつなげたSMPEがつけられています。

そして、しばらく歩くと、
またまた印象的な建物が。
これは、
パラッツォ・デッランヌンツィアータと呼ばれる、
ゴシックとルネッサンス様式が融合しているという、
16世紀の建物。
現在は市立博物館になっていて見学ができます。
その隣にあるのが、
教会です。
バロック様式の
コンプレッソ・SS・アンヌンツィアータ。
1320年に建てられたものですが、
1703年の地震で、
建て直されているようです。

この辺りは、街のちょうど真ん中。
隣には、Piazza XX Settembre、
9月20日と言う名の広場もあり、
詩人オヴィディオの像が
立っています。


そのままオヴィディオ通りを進むと、
今度は大きな門が現れます。ここは、13世紀に建てられた、
サン・フランチェスコ・デッラ・スカルパ教会の入り口。
1703年に起きたマイエッラ地震で、
奥の教会は倒壊してしまったそうですが、
このアーチだけは、無事、残ったということ。
下から見上げるこの見事な門は、
なかなかの迫力を感じました。



そして、その前には、
フォンターナ・デル・ヴェッキオ。
‘ヴェッキオの泉’。
ギリシャ神話に出てきそうな、
水道口のこの顔は、
スルモーナの創建者、
ローマ時代のソリモが描かれているとか。

このフォンターナに水を送る、
アクエドット・メディエヴァーレ、
‘水道橋’が続きます。
1256年に完成したゴシック様式。
こんなに身近に見れる水道橋は初めてです。


そして、このアクエドット横の階段を下りたところが、


大きなガリバルディ広場。


中央にはまだ200年前の
真新しい噴水があり、街の人たちの憩いの場に。
なんといっても、ここから眺める、
マイエッラ山魂のアマーロ山が素晴らしく、
自然の豊かさを感じました。
この日は金曜日で、
市場が開かれ、賑やかな広場。
カラフルに飾られた果物を見ていたら、
「 美味しいのよ。買わないの?! 」と
おばあちゃん。


さて、ガリバルディ広場から、
オヴィディオ通りの反対側に。
カルミネ広場の、マドンナ・デル・カルミネ教会も
あります。



そして最後に、オヴィディオ通りから、
プレビシート広場へ。ここも美しい建物でした。
大聖堂より威厳を感じた、
サンタ・マリア・デッラ・トンバ教会です。
ここは、なんとローマ神殿の跡地だそう。
建てられたのは1076年で、
もとは、ロマネスク様式も、
その後、幾度と改築され、
ゴシック様式やバロックと、
いろんな要素が混ざっていったそうです。


あっという間のオヴィディオ通り。
この通りの南端にある、
ポルタ・ナポリ、ナポリ門は
見逃してしまったけど、
中世の趣きを持ちながら、
古代ローマ時代まで遡る
歴史を持つスルモーナは、
穏やかな空気が流れた、
とても素敵な町でした。


この後、
もう一つ、素敵なところへ。
それは、トンバ教会の前の、
リストランテ。
次回にご紹介いたします。
ぜひ、お楽しみください!




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2017/03/16
‐スルモーナ その2‐。

前回はこちら

『 CONFETTI 』
スルモーナ名物コンフェッティ。
アーモンドを砂糖で
コーティングした、
イタリアの結婚式に欠かせない伝統菓子。
(フランスでいうドラジェ)

ここ、スルモーナはこのコンフェティの発祥の地といわれ、
伝統工芸品として、国内外で知られています。

スルモーナでも有名な、Pelino ペリーノ社へ、
行ってきました。
前回はこちら

白地に青のストライプ。
なんとも清楚な雰囲気です。

入口から左、

そして、右へと長い建物が続いています。


いろんなボンボリエーレが
飾られたショーケーの間に、
女性がいろんな作業を
してらっしゃいました。
(ボンボニエーレは、
 贈り物やコンフェッティを入れる
 袋や置物のことです)



その奥に進むと、
museo、博物館があります。


1783年の歴史あるペリーノ。

当時からの古い道具が
飾られていて面白い。

アンティークだらけ。


歴代創業者の写真も。

こちらは、イタリア初代国王、
ヴィットリア・エマニュエーレ2世に
献上されたという、
コンフェッティで作られた額の中の作品。

現在の工場内の様子です。
スルモーナ古来の伝統方式を守り、
3日間ゆっくりと機械にかけて、
アーモンドなどのナッツやフルーツ、
チョコレートなどに、
混ぜ物のない天然の砂糖で、
繊細な「 糖衣 」をつけていくのだそうです。
なんでも、太陽発電機を使っていて、
環境にも気を使っている
ペリーノ社だそうです。


時代が変わっても、
こんな素朴な木工製品も贈り物の一つ。


ショップには、箱入りはもちろん、
こんな風に一つ一つ紙に包まれたコンフェッティが
花のようになって売られTいます。
小さなブーケ型

お祝いに使われる、
真っ白のコンフェッティ。


結婚時には、白5粒。
洗礼時には、男の子なら白4つにブルー1つ。
女の子なら、白4つにピンクが1つ。
銀婚式には、銀が1つ、白4つ。
金婚式には、金が1つ、白4つ。
など、決まりごとにのっとって、
贈り物とされるのだそうです。


シチリアの上質なアーヴォラ産
アーモンドが使われた、
ペリーノ社の美味しい美味しい
コンフェッティ。
伝統を残しながら、
チョコでコーティングや、
ゼンゼロ=生姜風味など、
バラエティに富んだ100種類以上もの
コンフェッティを楽しむことができます。



次回はスルモーナの街並みを
ご紹介します。お楽しみに!




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2017/03/13
‐スルモーナ その1‐。

今回から、アブルッツォ州の
スルモーナという町をご案内します。
前回はこちら

L'aquira ラクイラ県の、

州都ラクイラから南東に位置。
すぐ東にはマイエッラ国立公園、
南に
アブルッツォ・ラツィオ・モリーゼ国立公園、
そして、
北西にシレンテ・ヴェッリーノ州立公園と、
素晴らしい山々に囲まれた、
アブルッツォ州第三の都市スルモーナです。

ペスカーラからスルモーナへ。
直行で1時間弱の電車の旅。


キエーティを過ぎ、しばらくすると、車窓からの風景は山。
右手にグラン・サッソを垣間見れば、
左手にはマイエッラ山魂がお目見えします。



第三の都市といえど、
イタリアの駅はシンプルで小さいのです。
しかし、ここは昔、
スルモーナ鉄道の幹線が交差する、
重要な地点だったそうです。
今でも、乗り換え地点として、
役割を果たしています。


さて、そんな駅から、
スルモーナの旧市街地へ。ちょっと離れているので、
タクシーを使って移動です。

そして、私達は、
その旧市街地を通り過ぎ、
スルモーナといえば、あれ!
この町名物の『 コンフェッティ 』の
お店に向かいます。
次回もお楽しみに!




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● ‘16 アブルッツォ&モリーゼの旅 −20−
Abruzzo & molise -20-
2017/02/23
‐アブルッツォ産リキュール‐。

今日は名物リキュールをご紹介。
まずは、「 CENTERBA チェンテルバ 」
チャント=100、エルバ=薬草、
がひっついた名前の、、
数十種類のハーブで作られるリキュール。


前回アップした、
タヴェルナ58さんで飲みました。
色は、緑。
アルコール度数は、70℃。

ボトルには、
ゆっくり味見してください
と掲示されています。
そうそうストレートで飲めませんので、
コーヒーに入れたり、アイスにかけたり、
フルーツにつけたりがいいようです。

そして、このリキュールをスポンジに
染み込ませ、バタークリームと層にした、
“アブルッツォ風カッサータ”という
伝統菓子も有名です。

お次は、Genziana ジェンツィアーナ。
この地方のワイン
‘トレッビアーノ・ダブルッツォ’に、
りんどうの根を漬けて、
作られるリキュール。

モリーゼ州のテルモリでも飲みました。ロペラにて。
モリーゼ州で、名産リキュールを聞くと、
ほとんど、このジェンツィアーナが
出てきました。
古くは、アブルッツィ州と呼ばれた、
一つの州でしたから、繋がっています。

タヴェルナ58さんのように、
自家製のお店も多かったです。

これもよくありました。Zafferano ザッフェラーノ。
サフランから作られるリキュール。
サフランといえば、花のめしべを採取し、
乾燥させたもの。
それは一つ一つ手作業で行われる、
貴重な食材です。
そんなサフランの優しい色が
滲み出た香り高いリキュールです。


食事の後に、
ドルチェを楽しむように、
甘いお酒を小さなグラスで1杯。
そして、エスプレッソ。
これが‘イタリア式食事の楽しみ方’
の一つです。



次回も見てくださいね!




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